この記事では、治療を行う上で必要な理論や科学的な知見を、論文や書籍などからエビデンスに基づいてお話してきました。エビデンスに基づく医療(evidence-based medicine:EBM)は近年スタンダードになってきて、臨床現場でもクライアントに聞かれることも多くなってきていると思います。ではその治療内容や背景の科学的根拠を、どのように伝えればよいかという「コミュニケーションの仕方」について学ぶ機会は意外と少ないのではないでしょうか?
今回は臨床現場におけるコミュニケーションのコツについて、エビデンスに基づいてまとめていきますので、ぜひ今後の活動に活かしてみてください。
エビデンスに基づく医療がなぜ必要なのか?
まずはコミュニケーションのコツについて考える前に、「エビデンスに基づく医療がなぜ必要なのか」の前提から振り返ってみたいと思います。
現代では生活者が触れられる情報の量がどんどん増えています。臨床現場でも、クライアントが自身の症状について細かく調べてきていて驚く…といったこともしばしばあるのではないでしょうか? ただその情報元はエビデンスレベルの高い学術論文もあれば、週刊誌の一ページもあれば、はたまた近所の人から聞いた、なんてこともあるかもしれません。 そんなときでも、セラピストは現在の知見でもっとも確からしい情報を可能な限り把握しておき、クライアントに伝える必要がありますよね。
エビデンスに基づく治療方針の決定の仕方については「エビデンスを基にした治療方針の意思決定」で詳しくまとめているので、こちらも読んでみてください。
エビデンスレベルは高ければ高いほどいい?
しかし、エビデンスレベルが高ければ高いほどいいのかというと、臨床現場ではそうはいきません。 クライアントそれぞれの固有の症状は全てを一般化できるものではないですし、治療に使えるお金、子育てをしている、仕事をしているなど、クライアント自身が置かれている状況も異なります。

もちろん現時点での知見も万能ではありません。最新の知見についての理解は深めながらも、クライアント自身のことについても把握するべく、「対話」をしていく必要があります。
どう対話していけばいいのか?
自分が病院にかかったときを想像すると、一方的に治療について話をされるよりも、質問をしながら双方向のコミュニケーションができた方が安心できますよね。クライアントとの信頼関係を築く上でも、会話の「双方向性」は大切です。
セラピストが一方的に施術内容を決定するのではなく、クライアントの意見や希望を引き出しながら治療方針を共に決定するプロセス。これを「共有意思決定(Shared Decision Making:SDM)」といいます。

例えば、腰痛の治療では、「徒手療法」「運動療法」など、いくつかの選択肢があります。また、症状や原因によっては「手術療法」「薬物療法」という選択肢も考慮されることがあります。選択肢がたくさんあることは一見良いことのように思われますが、クライアントにとってはどの治療法が自分に最適かを判断することが難しく、混乱を招くことも少なくありません。
こうした場合、SDMを通じてクライアントの価値観を理解し、クライアントが日常生活でどのような目標を持っているか、またどの治療方法に不安や抵抗を感じているかを確認することが重要です。たとえば、クライアントが「早期の機能回復」や「できる限り侵襲の少ない治療」を望んでいる場合、侵襲的な手術療法ではなく、保存的治療や運動療法がより適しているかもしれませんね。
このように、クライアントのライフスタイルや治療目標を考慮した上で治療方針を選択することにより、クライアントは自身の治療に対する納得感が得やすく、また治療結果にもより満足できるようになります。
クライアントに「わからない」と言っていい?
ただ、SDMを実践する中で、どうしても「医療にはまだ分からないことがある」「完全に解明されていない部分もある」ということをクライアントに伝える必要が出てきますよね。これに対して「自分がわからないことをクライアントに言ったら不安にさせちゃうのでは?」と躊躇するセラピストもいるかもしれません。
しかし、中山健夫氏(京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学)によると、「分からない」と言うこと自体が、クライアントとの信頼関係を強化する大切なステップだといいます。
「ここまでは分かっているけど、ここから先はまだ解明されていない部分がある」と、わかる部分とわからない部分をしっかり区別して説明することが大切です。専門家として、知っていることももちろん重要ですが、「何がまだわかっていないか」を明確に伝えることで、クライアントも安心できますよね。知識があるからこそ、どこまでが確実で、どこからが不確実なのかを説明できるのがプロフェッショナルと言えるのかもしれません。
そして、ただ「伝える」だけではなく、クライアントの意見や気持ちをしっかり聞きながら、一緒に考える姿勢も重要です。わからない部分があるからこそ、クライアントと一緒に最適な道を探していけるといいですよね。
次に、伝えるべき複雑な情報をどのようにかみ砕いて伝えるのがよいのか、「ヘルスリテラシー」に触れながら考えていきます。
クライアントのヘルスリテラシーを理解する
クライアントとのコミュニケーションを円滑に進めるためには、まず彼らの「ヘルスリテラシー」を理解することが不可欠です。「ヘルスリテラシー」とは、情報を理解・活用できる力です。
ここでは「ヘルスリテラシー」の評価法を手がかりにして、クライアントの「ヘルスリテラシー」を意識したコミュニケーションの方法を考えてみたいと思います。

毎回この尺度で確認するのは大変ですが、ざっと頭に入れておくと、伝える情報の整理がしやすくなりますね。 ヘルスリテラシーを考慮したコミュニケーションの例が厚生労働省のサイトに載っているので、よかったら参考にしてみてください。
意外と大事な「小手先」の話
ここまで色々コミュニケーションの中で、特に「伝え方」について考えてきました。 しかし、そもそもクライアントが何に困っているかを「聞く」ことができていないと、こちらも何を伝えたらいいか分かりませんよね。
ということで、最後は「聞く」のノウハウについてです。
臨床心理士である東畑開人さんの『聞く技術 聞いてもらう技術』という書籍を参考にしました。
臨床心理士が行うカウンセリングは「聞く」が仕事。彼らが普段使っている、意外と大事な「小手先」が紹介されています。所詮小手先ですが、されど小手先。先に挙げた考え方を頭に置きながら、こうしたテクニックがあるだけで、スッとコミュニケーションが円滑になることもあります。
①眉毛にしゃべらせよう
ようは「反応している」のが大事です。反応があると人はうれしいものですよね。
眉毛のいいところは、眉をあげるかひそめるか、表情が二通りくらいしかないので、伝わりやすいところです。
みなさんにも得意な表情の動かし方があると思います。動かしやすい部位をフル活用しましょう。
「ちゃんと話を聞いてもらっている」感じると、もっと話したくなるものです。
②沈黙に強くなる
聞くために必要なのは沈黙です。こちらから話題をふって、それに反応してもらうのではなく、相手の中から話題を持ち出してもらう必要がある。痛みや心身の状態というプライベートで大事な話をしてもらうには、多少の気まずい沈黙に耐えられる必要があります。
情報交換のための話は、ペースが速い方が効率はいいですが、心身の話を聞こうとするのであれば、ペースは遅い方がいい。沈黙がたくさんある会話には、心が滲み出してくるものです。
③返事は遅く
とはいえ、沈黙がどうしても苦手という方もいらっしゃるかもしれません。そんなときは、「返事は遅く」というのもおすすめです。
相手の話が終わったら、すぐに何かをしゃべりだすのではなくて、5秒待つ。5秒くらいは相手は待ってくれるものだし、待てない人はさらに話を重ねてくれるものです。そうすると、相手のペースで話が進んでいきます。
まとめ
今回は“エビデンスに基づいたコミュニケーションのコツ”ということで、臨床現場で起こりがちな事例から小手先のテクニックまで、共有させていただきました。 コミュニケーションにはそれぞれのスタイルがあると思いますので、使えそうなところがあったら臨床で使ってみて、ご自身のスタイルに合いそうであれば取り入れてみてください。 今後もセラピスト活動に役立つ情報を届けていけたらと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。