セラピストとしてクライアントの「冷え性・症」や「肩こり」などの悩みを聞く機会は多いんじゃないでしょうか。
ただこれらは日本人特有の症状なので、海外からの情報は少なく日本国内の情報をしっかり得ておくことが重要だと考えられます。
文化依存症候群という言葉もあるんですが、普遍的に全ての国で通用するのではなく、特定の文化圏によって用いられる言葉もあるんですよね。
今回は主に白杉悦雄『冷えと肩こり 身体感覚の考古学』(講談社)を参考にしながら、「冷え」や「肩こり」などについて理解を深めてもらえたらと思います。
冷え
まずは冷え症の定義を見てみましょう。
「冷え症」の発生機転は、自律神経機能の失調が血管運動神経を障害し、冷感部位の毛細管の攣縮のため該部の血行が妨げられ、その結果冷たく感ずるものであろうといわれている(『南山堂・医学大辞典』第一五版、一九七二)。
このような定義で端的に示されているような気もしますが、ここにいきつくまでの歴史的な変遷を見てみましょう。
日本における西洋医学的な冷え症の認識
一九五六(昭和三一)年、東北大教授・九嶋勝司により「所謂『冷え性』に就いて」と題する論文が『産婦人科の実際』(五巻一〇号)に発表されました。この論文が、冷え性に対する日本で最初の本格的な西洋医学的研究とされています。
九嶋の冷え性研究は、自律神経失調症(当時は自律神経症と呼んでいた)研究の延長上で行われていました。
当時は心身医学(当初は精神身体医学とか精神肉体医学などと訳されていた)やハンス・セリエのストレス学説のような知見が広がり始めており、徐々にストレスによる身体反応として自律神経失調が起こる可能性が示唆され始めました。
ここからはさらに歴史を遡って、東洋医学における冷え性に対する知見をまとめてみます。
東洋医学における冷え
先ほどの九嶋は一時期、婦人の自律神経症を「血の道症」と呼んでいました。
血の道症という用語は、1950年の論文では婦人に現れる欠落症状、更年期障害などを示しており、冷え性はその中の一部の症状だと考えられていました。
この血の道に対しては、漢方薬がよく用いられ具体的には実母散・清心丹・中将湯などが用いられたようです(湯は煎じ薬、散は粉薬、丹は練ったもの)。
さらに歴史を遡ると、厥冷・厥逆・寒厥というような言葉でも冷え症を示していたようです。
厥冷・厥逆・寒厥に共通する「厥」は、紀元前から使われてきた中国伝統医学の用語で、「厥」字の辞書的意味は「逆流する気」「身体下部から逆上する気」という意味を示すとのこと。よって厥と結びつけられた「寒気が足下からさかのぼってくる」という身体感覚は、いかにも冷え症に近いわけですね。
このように歴史的にはかなり古くから冷え性のような症状は扱われてきましたが、近年西洋医学的な研究の進展によって少しずつその原因やアプローチが探求されつつあるわけですね。
肩こり
こちらもまずは肩こりの定義を見てみましょう。
「肩こり」は、僧帽筋を中心とした肩甲骨周辺の筋肉のこり、はり、こわばり、重圧感、痛みなどの総称である。原因としては、高血圧、更年期障害、頸椎疾患、胸郭出口症候群、なで肩などが考えられている(『医学書院・医学大辞典』第一版、二〇〇三)。
日本における肩こりの認識
栗山茂久の「肩こり考」(一九九七)によれば、名詞の「肩こり」にしぼってその体験の起源を求めても、明治期以前にはさかのぼれないとのこと。しかし、江戸時代の医書には、「肩の凝り」「肩が凝りて」などの表現がすでにみえるようで、巷では「肩癖(けんぺき)」と表現されていたようですね。
「けんぺき」の一般的な治療法は膏薬、お灸、また揉まれることが多かったみたいです。肩揉みに関しては「あんまけんぺき」「あんまけんびき」とも呼ばれていたとのこと。
17世紀〜18世紀あたりは「一気留滞説」と呼ばれる病因論が提唱されており、体内の気が局所に停滞することによって様々な症状が起こると考えられていたので、腹診・背診を通してその滞りを探して(積:しゃく)治療していたようです。
今でも肩こりの原因としてはストレスの蓄積や筋硬結にあるとも考えられるので、概念としては近いかもしれません。
東洋医学における肩こりのようなもの
痃癖は古くから中国において用いられている言葉であり、「癖」字の原義は、かたよることであり、のちに嗜好などの習癖をいい、一方に偏る性癖を意味するようになっています(白川静『字統』)。
中国医学の癖は、もともとは、体内の流れが滞って脇腹にかたより、しこりができ、ときに痛む病で「痃癖」とは違った「懸癖」という言葉もあるようです。
今で言うと肋間神経痛のような症状かもしれませんね。
よって日本で言う肩こりとは少し違った意味合いにもなるので、完全なルーツが中国にあるわけではなさそうです。
また英語・ドイツ語・フランス語でも肩こりを示すような言葉は見当たらないので、やはり肩こりは日本特有の症状かもしれません。
冷え性や肩こりの科学
それではここから改めて現代科学における冷え性や肩こりについて見ていきましょう。
冷え症の科学
日本語の「冷え症/冷え性」は、国際的な診断基準はなく、「cold constitution」「cold sensitivity」「hie-sho」として主に日本・東アジアで研究されています。
最近の生理学的研究では、いわゆる**「冷え体質(hie-sho)」** の人は、
- 末梢皮膚血流の交感神経感受性が高く、
- 軽い冷曝露でも末梢血管の収縮が強く起こり、
- 推奨室温(いわゆる中性温)でも「寒い」と感じやすい
といった特徴が示されています。
ここでは 体温そのものより「冷感」という主観と皮膚血流調節のパターン が鍵になります。
冷え関連の研究では、次のような評価が用いられています。
- 皮膚温(手足・末梢)のサーモグラフィー・サーミスタ測定
- 足趾血圧・指尖容積脈波などの末梢循環指標
- 温冷感の閾値テスト(温冷覚弁別)
- 自覚的冷えの質問紙(hie/hieshoスコア、冷感重症度スケールなど)
しかし、研究を見渡すと
- 測定方法がバラバラ
- cut-offも統一されていない
- 多くが小規模の観察研究
という点で、「肩こり以上に客観評価の標準化が難しい」領域であることが分かります。
治療のエビデンスもまだ限定的です。
① 生活習慣・運動
- 若年女性の冷え体質に対して、2週間の運動介入で冷え症状が軽減した という研究があり、冷えの訴えと皮膚温の変化が報告されています(有酸素運動+身体活動量の増加)。
- ただしサンプル規模は小さく、介入法も多様で、メタアナリシスが成立するほどの蓄積はまだありません。
② 漢方・日本の伝統医学
- 伝統医学では「冷え(hie-sho)」は古くから概念化されており、当帰芍薬散など冷え関連の処方のレビューもありますが、RCTの質・サンプル数・アウトカムの標準化に課題があり、ハイレベルなメタアナリシスは限定的です。
つまり「冷え症」をRCTレベルで厳密に扱っている研究はまだ少なく、エビデンスギャップが大きい領域 と言えます。
あとは全体的に自律神経を整えるアプローチもありますが、こちらは「自律神経の科学」のコンテンツも参考にしてもらえたらと思います。
肩こりの科学
改めて肩こりは以下のような要素が絡み合う「多因子性」の症状です。
- 筋骨格(姿勢・筋疲労・筋硬度)
- 神経学的要因(末梢神経・中枢感作)
- 心理社会的要因(ストレス・破局的思考・仕事負荷)
- 生活習慣(長時間座位・デジタル機器)
よって評価としても主観的な症状の程度と合わせて、姿勢・筋硬度・生活習慣など複数の要素のチェックが必要になります。
介入としては運動療法・徒手療法・物理療法・ウェアラブルデバイスなど様々ですが、具体的な運動プログラムに関しては以下のようなものが挙げられています。
- 深層頸部屈筋トレーニング(chin tuck等)
- 肩甲帯・肩甲骨周囲の筋持久力トレーニング(中下部僧帽筋・前鋸筋など)
- 頸部・胸椎・肩甲帯のストレッチ
- 有酸素運動(歩行・エアロバイクなど)
- 姿勢・モーターコントロール(レーザーポインタやモーションガイド等でフィードバック)
科学的に詰めるほど、現象学と言語ゲームが必要になる構造
ここまでの文献を俯瞰すると、
- システマティックレビューやガイドラインを最大限尊重しても、冷え症・肩こりは 「主観的身体経験に強く根ざした症状であり続ける」
- 研究レベルでも、アンケートなどをベースにした主観的に 言語化された自己報告 を前提にせざるを得ない
- つまり、科学的エビデンスの実務的基盤が、すでに「言語ゲームとしての症状報告」に依存している
という点です。
2024年のメタアナリシスでは、慢性頸部痛に対するPNE(Pain Neuroscience Education)は
- 痛みの強さ
- 運動恐怖(kinesiophobia)
を有意に減少させ、介入時間が長いほど痛みの改善が大きい と報告されています。
またCBT(認知行動療法)は慢性頸部痛に対して
- 痛み、障害、恐怖回避、ストレスなどを軽減しうるものの、
- 他のアクティブな介入に比べて、効果の大きさは小〜中等度 という報告が多いです。
このように冷え性や肩こりのような客観的な原因分析が難しく、主観的な訴えにアプローチするためには教育や認知に対する取り組みも重要になるので、今後引き続き心理面に対するアプローチも検討していけたらと思います。