運動しても痩せないのはなぜか

ATP供給の3経路と基礎代謝を押さえたうえで、狩猟採集民ハッザ族の研究が示した「制限日次カロリーモデル」を紹介し、それでも運動をする意味を心疾患・免疫・脳の観点から考えます。

セラピストとしてクライアントに関わっているとダイエットの相談を受ける機会も多いかもしれませんが、食事・運動など様々なアプローチを提案することがありますよね。

『運動しても痩せないのはなぜか』という書籍では、なかなか衝撃的な内容がタイトルになっていて、興味深い知見があったので今回のコンテンツではそのあたりについて共有してみます。

エネルギー代謝の基礎

まず代謝とは生体内の化学反応で、体外から取り入れた物質から他の物質を合成あるいはエネルギー産生・利用することを言います。

具体的には糖質・タンパク質・脂質などを分解して、エネルギーを生成しますがその主なものがアデノシン三リン酸-ATP(adenosine triphosphate)。

このATPを供給する方法としてATP-PCr系・無酸素代謝・有酸素代謝が主な3つなのでまずはそれぞれをまとめますね。

ATP-PCr系

PCrとはクレアチンリン酸(creatine phosphate)のことで、最も速やかにATPを作り出すのがこちらです。

ATPはアデノシンに3つの無機リン酸(Pi:inorganic Phosphate)がくっついたもので、Piが1つ外れてアデノシン二リン酸-ADP(adenosine diphosphate)になるときにエネルギーが放出されるんですが、PCrが分解されてADPにリン酸がすぐくっつくことによってATPに再合成されてまたエネルギーとして活用できるようになる。

ただ最大運動時には7〜8秒くらいで枯渇してしまうため、短時間の運動でしか使えないものになります。

無酸素代謝

次に使われるエネルギーは糖質で筋肉や肝臓ではグリコーゲン、血中ではグルコースとして貯蔵されているもの。

これらが乳酸(lactic acid)まで分解される過程で得られるエネルギーを利用してATPを再合成するのが無酸素代謝です。

ただこれもエネルギー供給時間に制限があって30秒程度しか使えないため長時間の運動には適さないエネルギー供給の形になります。

有酸素代謝

ATP供給に酸素を利用するのが有酸素系で、ミトコンドリアが重要な役割を担います。

グルコースが分解されたピルビン酸と遊離脂肪酸から産生されたアセチルCoA(acetyl coenzyme A)が処理されて、この複雑な過程の中で水素と二酸化炭素が生成される。

そしてその水素と酸素によって水を作り、その時に解放されたエネルギーによってATPを産生するのが有酸素系の簡単な形。

こちらは長時間の運動に適するので、いわゆる有酸素運動をおこなう時に使われるものになります。

基礎代謝と運動

ではここから生きている間にどのような形でエネルギー代謝がおこなわれるかをもう少し深掘りしていきますが、基礎代謝と運動による消費についてみていきましょう。

基礎代謝

基礎代謝とは生命維持に必要な呼吸・循環・神経系の組織や臓器がわずかに活動し、身体的、精神的に安静な状態でのエネルギー代謝のことを言います。

実はこの基礎代謝が1日の総エネルギー消費量の60〜75%を占めており、一般成人では約1100〜1600kcal/日とされ、男性が5〜10%以上多く、筋肉で最も多くのエネルギーが消費されます。

運動による消費

一般的に運動によるエネルギー消費はMETsで計算されることが多いです。

METsとはmetabolic equivalents(代謝当量)の略で、ある運動・作業時のエネルギー消費が安静座位時の消費量と比較して何倍であるか示す運動強度の指標、と言われています。

よって安静座位を1METsとした時に、いろいろな運動が何METsにあたるか?ということがまとめられている形ですね。

各種の身体活動のメッツ(METs)値を一覧にした表

では運動しても痩せないのはなぜか?

ここからが本題になりますが、では強度の高い運動をすればするほどエネルギーが消費されて痩せるんじゃないかと思いますよね。

そこで今回紹介する本で興味深い知見があったのでピックアップして紹介してみます。

ハッザ族のエネルギー消費は先進国の人と同じ

ハッザ族とはタンザニア北部に住む民族なんですが、今でも狩猟採集をメインな活動として生活している特徴的な民族です。

ハッザ族は毎朝日の出とともに起き、その日に食べるものを求めてサバンナの手つかずの自然に入っていき、男性は主に動物の狩り、女性は主に植物採集をすることで暮らしています。

もう少し詳しくそれぞれの活動を示すと、男性はキリンの腱を使った弓で動物を狩り、狩りをしない時は高さが約10mもあるバオバブの木に登ってハチミツをとったりする。

女性は植物採集だけでなく、石だらけの硬い土壌から先をとがらせた木の棒を使ってイモを掘り起こす作業に1日2・3時間あてることもあり、背中に子供を背負って苦労して手に入れた10kgほどのイモを持って8kmほど歩くこともある。

このようにかなりの重労働をしているハッザ族は都会で暮らす一般人よりもかなり多くのエネルギーを消費しているだろう、という仮説がありましたが実際の結果は以下のようなものでした。

ハッザ族と欧米人の1日総エネルギー消費量を体重別に比較した散布図。両者に大きな差がない

グラフを見ると黒線で書いてあるハッザ族のエネルギー消費は都会で暮らす人とあまり変わらなかったんですよね。

これは書籍の中だと他の事例もたくさん紹介されているんですが、他の狩猟採集を行っている民族でも同様で仮説とは違った結果になったのでした。

制限日次カロリーモデルで考えると…

一般的にエネルギー消費に関しては付加的日次カロリー消費量として考えられることが多いですが、今回の結果からおそらく制限日次カロリー消費というようなモデルの方が合っているんじゃないかという説が出てきました。

付加的日次カロリーモデルと制限日次カロリーモデルを比較した図。後者は活動量が増えても総消費量が頭打ちになる

ここでその他のエネルギー代謝についてはどうなっているのか?という疑問が出てくると思いますが、現段階では以下のような形になっているんじゃないかと考えられています。

身体活動量の増加に伴い、必要不可欠でない活動へのエネルギー配分が減っていく様子を示した図

このように普段の生活では必要不可欠ではない活動にもエネルギーが使われているけど、高強度になると徐々に必要不可欠な活動に使われるエネルギーが減っていってしまうというもの。

例を挙げると生殖機能で、高強度の運動を続けすぎると女性だと月経不順が起こることがあるなど報告されることがありますが、起こっている現象としてはこのような形になっていると考えられています。

まだ新しい知見なので全てが明らかになっているわけではありませんが、詳しく知りたい方はぜひ書籍も読んでみてもらえたらと思います。

二重標識水法

参考までに今回の書籍においてエネルギー代謝を計測するときに使われている方法は二重標識水法というものになります。

最近のエネルギー代謝の研究ではよく使われるようになっているようなので、興味がある方はこちらも見てみてください。

では運動をする意味とは?

運動によってエネルギー代謝が増えないということは、では運動にはどのような意味があるか?と思う方もいるかもしれませんが、運動にはそれ以外にも様々な効果があると考えられています。

心疾患を減らす

例えば腕立てふせを連続11回以上できる男性はできない男性に比べ、心臓まひを起こすリスクが60%低い。

高齢者の体力指標として6分間歩行テストというものがありますが、少なくとも約360m歩ける人は今後10年間に亡くなるリスクが約290mしか歩けない人の半分。

など、運動による循環器系への良い影響がいろいろ示されておりダイエット・健康維持のような方向性以外でも意義はあるわけですね。

免疫反応や生殖

定期的な運動は慢性炎症の抑制に効果的であるような報告があり、それによって心疾患や糖尿病などの代謝疾患のリスクを抑えられる可能性が考えられています。

また生殖に関してもう少し興味深い知見として、ハッザ族の男性のテストステロン値は平均的アメリカ人男性の半分だったとのこと。

これは女性についても同様で、エストロゲン・プロゲステロンの血中濃度も低かった。

このあたりから高強度すぎると悪影響が出ることもあるので、過負荷になりすぎない運動量だと免疫機能・生殖それぞれにとっても良い影響になるんじゃないかと考えられます。

脳への影響

運動による脳への影響は様々なことが言われており、影響する領域としては、学習・ストレス・不安・依存症・エイジングケアなどなど、いろいろな知見があります。

参考文献・出典